B:甲殻の女神 キワ
ロッホ・セル湖に君臨する、大物のタラシナ……それが、「キワ」と呼ばれるリスキーモブです。 ちなみに、「キワ」と命名したのは、モブ登録を依頼してきた、某博物学者さんでしてね。南洋諸島の甲殻類の神から、名を採ったそうなんです。でも、どんなに調べてもそんな伝承見つからないんですよね……。おかしな話もあったものです。
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
「変ねぇ…」
薄暗い、というより机の上の明かり以外はほぼ暗がりになった部屋でページをめくるだけでボロボロと崩れてしまいそうな本の表紙を閉じてあたしは言った。
部屋の奥から背中が少し猫背に曲がってしまった老婆が燭台と紅茶のポットを持ってあたしの方に近づいて来ると、ニコニコしながら優し気に言った。
「調べものって言うのはね、簡単に見つかるようじゃ面白くないのよ」
老婆はあたしの左手の傍にソーサーとカップのセットを置くと手に持っていたポットから紅茶を注いでくれる。あたしは礼を告げると続けて言った。
「でもね、それらしいことすら見つからないのよ?」
「それは困ったわねぇ」
全然困った様子もないくせに老婆は言った。
この老婆は今でこそ優し気に見えるが、昔はその道では名の通った呪殺師、簡単に言うと呪い殺しが専門の暗殺者だ。何故そんな人物と交流があるのかはまた別の機会に話すとして、この老婆はとにかく珍しい本をたくさん持っているのだ。それこそ数で言えば図書館が二つ三つできるくらいに。ただし、凄くマニアックな本ばかりなので多分客は来ない。あたしだって今回のようによく知らない南洋諸国関係の調べものでもないかぎり訪れたりはしない。あたしはカップを持ち上げて老婆が注いでくれた紅茶を一口飲んだ。
「それで?」
老婆はあたしの向かいの席に座ると、顔を覗き込むような仕草をしながら言った。
「それでって?」
聞き返すと老婆はニヤッとして少し前のめりになっていった。
「今回調べてる化け物さ。南洋関係の化け物かい?」
毎日つまらないから好奇心が強いのかしら、などと考えながらあたしは答えた。
「タラシナって種類の大型の甲殻類の変異体でね、ポッと出のリスキーモブなんだけど、その名付け親が南洋に伝わる甲殻類の神の伝承から「キワ」って名前を取ったらしいのよ。でもその伝承ってのがいくら探しても見つかんなくて。」
そういってあたしはもう一度紅茶を飲んだ。
老婆はホゥというと何かを考えこむように黙り込んだ。
「何か知ってるの?」
あたしは老婆の様子を見て違和感を感じ、今度は逆に老婆の顔を覗き込んだ。その様子を見て老婆は鼻でため息をついてあたしの目を見て言った。
「それは甲殻類の神じゃないね。」
「えっ?」
「南洋の少数民族に伝わる女型の邪神の名さ」
あたしは身を乗り出して聞き入った。
「なんでもその女型の邪神は手当たり次第に男と交わり、男の生気を抜くんだとか。さらに交わった翌日には子供を次々と出産するそうだ。そして生まれてきた子は生まれ付いたその時から女型邪神のテンパードとして産まれてしまう。その女型の邪神の名前がキワなんだよ。嫌な予感がする、退治を急いだほうがいいね」
そういうと老婆はゆっくり紅茶を飲んだ。
「そうなの?」
老婆は上目遣いにあたしを見た。その眼光はさっきの優しい老婆ではない。
「気付かないのかい?わざわざそんなマイナーな名前を付けた発見者とやらはこの神話を知ってたんじゃないのかね?だとしたら…」
「タラシナに同じ能力を備えさせた…?できるの?そんなこと」
「古代アラグの研究者にはマッドサイエンティストが多くないかい…?」
あたしは老婆に礼を言うと勢いよく立ち上がり、部屋の隅の長椅子で眠っている相方を叩き起こして老婆の家から飛び出した。飛び出すあたし達に老婆が声を掛ける。
「生きて帰ってきなよ」